入園心得17条

泣かずにことばで意思表示

「新しい子供達がはいってきて、いちばん困ることはなんでしょうか。」
先生方にそう聞いてみますと、10人が10人、同じ返事をなさいます。
「ことばで自分の意思をはっきり表現しない子が、必ず、何人かいることです。」・・・と。
困ったことに、そういう子はすぐに泣くのです。泣き声だけが自分の口から出す音声、といえる子がいるのです。
お母さんには、お子さんの表情やほんのカタコトで何を言おうとしているのかがわかるのですが、何十人もの子供をもつ先生にはわかってもらえないのがあたりまえです。
お子さんの言いたいことを最後まで言わせてから返事をする習慣をつけて下さい。自分の意思は、はっきりことばにして人に伝える生活をだいじにしましょう。

オシッコとウンコはひとりでできるように

「自分の意思はことばではっきり人に伝えることができるように」と、前項で申しましたが、「オシッコ」「ウンコ」の場合は、自分が一人でできなければ、な おさら、ことばに出しにくいものなのです。お子さん自身にとってもかわいそうなことです。ぜひ、「オシッコ」「ウンコ」は自分でできるようにしておきま しょう。
先生の立場に立てばいっそう切実で、場合によると一日、子供達の「オシッコ」「ウンコ」の世話で終わってしまいかねません。
便器の様式の違いも配慮したいところです。たとえば、様式を使い慣れていて、園が和式である場合など、和式のものに出会ったチャンスに、その使い方を教えておきましょう。
また、排便を登園前にすませられるように、今から習慣づけておくことも必要です。

脱いだり着たりは、ひとりでできるように

衣服を脱いだり、着たり、これはいかがですか。これも、ひとりでできるようにご指導ください。上手でなくてもよいのです。ひとりで脱ぎ着することを、毎日 の生活の中で次第に数多くしてください。身体検査をする、運動をする、暑さ寒さに合わせて調節する、等に、けっこう脱ぎ着の必要な場面があります。
靴も同様です。脱いだり、履いたりがひとりでできるようにしておいていただきたいものです。どちらについても、先生が、その世話で忙殺されないということ だけでなく、お子さんが、園生活に早くなじみ、園生活の恵をできるだけ豊かに受けるためにも必要です。
靴がひとりで履けない・・・そのことだけで子供によっては、集団生活のなかで、大きなつまずきになるものです。

精神的離乳を心掛けて下さい

お子さんは、離乳をすませましたか。ばかばかしい・・・とおっしゃるでしょう。でも、あの赤ちゃんのときの離乳ではないのです。ちょっとお母さんの姿が見 えなくなると泣きべそをかく。道を歩くにも、お母さんの衣服の端をつかんで片時もはなさない。これでは、まだまだ、「精神的離乳」ができていないといわね ばなりません。
こういうお子さんはそもそも、お母さんと離れて、園の中にいることすらできません。ひとりで排便したり、衣服の脱ぎ着をしたりすこともそのまま、「精神的 離乳」をとげていくことなのです。幼く、無力な、それだけに胸の痛むほどかわいい我が子。世のお母さんは、それゆえ、いわゆる離乳は早く早くと努力しなが ら、「精神的離乳」は遅らせがちです。お子さんとの付き合いかたを、これを機会に、あらためて見直してください。

わがままは少しずつおさえるようにしてください。

幼児のもっとも幼児らしい姿の特徴の一つとして「わがままである」ことがあります。幼児は、他人の存在、他人の都合、色々なものごとの条件に思い至らないので、おとなから見れば、結局のところ「わがまま」ということになるわけです。
さて、幼児であるあなたのお子さんが、入園して集団の生活にはいりますと、同じように「わがまま」な多くの子供達と一緒に生活することになります。
家庭では、お子さんの「わがまま」は、おとながゆずることでゆるされましょうが、この集団生活ではとおりません。あなたが、いつも、お子さんの「わがま ま」をとおしているとすれば、新しい集団生活は、お子さんにとってたいへん大きな苦痛となります。「わがまま」を少しずつおさえていきましょう。

食事の時間はきめて、30分ぐらいで食べ終えるように

お宅では、食事の時間は決まっていますか。ぜひ、決めてください。
通園が始まります。当然の結果として登園時間はきちんと正しく守ることになります。ということは食事の時間もきちんと決めなくてはなりません。これまで、 時間が不定であれば、これもお子さんにとって苦痛となります。場合によっては通園そのものがいやになりかねません。
食事にかける時間はどうでしょうか?30分ぐらいで食べ終われるようにしておくことです。園でひとりだけ遅れれば、お子さんにとってもいやなものですし、 先生にとってもまことに都合のわるいものです。おやつも問題です。もしお宅で、午前中におやつを与える習慣があれば、これは、やめるようにしてください。 理由はかんたん。園では午前中におやつがでるということはないですから。

 

夜8時には寝て、11時間が眠るように

夜十時になっても、まなこランランとしておとなといっしょにテレビを見ている・・・などというのは困ります。
幼児にとって、最低十一時間の睡眠が必要です。起床を七時とすれば、夜は八時には眠りにはいるべきです。かりに、すでに、遅寝、遅起きの習慣がついてし まっているお子さんの場合も、例外を認めず、厳しく習慣づければ早寝早起きにかえることができるはずです。だいじなことは、続ける、ということです。いっ たん習慣となれば、苦痛はなくなります。このことについて、特に難しく考える必要はありません。早く寝かそうとするより、まず早く起こしてしまうことに努 めれば、そして、日中、思う存分遊べば、夜は、だまっていても、早く眠くなるはずなのですから。

慢性の病気は、治しておきましょう。

慢性の病気があれば入園してからの生活を十分に楽しく過ごせません。病気によっては、他の多くの子供達にうつしたり、うつされたりする結果となります。
鼻炎、結膜炎、中耳炎・・・いろいろあります。幼児期は。自分の興味、注意が外に向いているので、子供は、外傷でない病気について、自ら気付き訴えることが、遅かったり、なかったりします。親のほうでも気付かずに過ごすことがあるものです。
わかっている慢性の病気については、入園までに治すようにしてください。そうでない場合も、一度健康診断を受けておくことが最上です。
また、破傷風などの予防注射を受けておくこともよいと思います。

「歩く」ということに慣れさせておきましょう。

「歩く」といっても、足を動かして地面の上を移動することだけをいうのではありません。交通安全という観点から見ての「歩く」という生活を充実させるということです。
大きな道、小さな道を問わず走りまわるクルマ。幼児の安全を考えれば一瞬たりとも目を離せません。気を許せません。あなたは、きっと一生懸命お子さんを守ってこられたと思います。
さて、ですが、あなたは、いつまでもあなた自身が、手をひき、からだでかばって、お子さんを守り続けるわけにはいきません。
園によって、色々な通園のしかたがありますが、どんなかたちにせよ、毎日、行き、そして帰るのです。あなたが守るいっぽうでなく、お子さん自身の力で「歩く」生活を、あなたの見守りの中でひろげるように心掛けてください。

最低のところ、ひとり遊びができるように

ケイコちゃんには、毎日、先生は頭を痛めています。なんとか毎日、泣かずに通園してきはするのです。ですが、ポツンといつもひとりで何をするでもなく、指をくわえて立っているのです。友達とも遊べないのです。さりとて、ひとりで何かをすることもしないのです。
園生活は、かたちの上では、友達との遊びの生活です。先生が特にさせる遊びと、子供達から自然に生まれる遊びと、遊びには二種類ありますが、教育はすべ て、この遊びの中で行われます。友達遊びができなくても、最低、ひとり遊びはできる子であってほしいのです。隣近所の子供と遊ばず、お母さんやうちのおと なの人がお相手をするだけが遊びの生活であるような子は、友達の付き合いかたも知らず、といってひとりでも遊べず、当分、宙に浮きがちです。

集団で遊ぶことについて、親しみと期待を育てる

入園後の生活に対するお子さんの心の準備をどう考えたらよいでしょうか。
あれこれこまかく考えることは必要ありません。一つだけ、心においておきましょう。集団で遊ぶことを中心とした園での生活を話してやり、園への親しみや期待を、少しずつ持たせてやることです。これが、心の準備のかなめです。
お子さんにとって、集団生活にはいることが、なんといっても、新しい経験となるわけで、また、集団生活に園生活の意味が多くあるのですから、集団生活に対する心の準備をしてやることがいちばんなのです。
できれば、入園前に、何度かの園の様子を見せてやり、具体的に話し合うことをおすすめします。
この場合、教訓は不必要です。あくまでも、親しみを持たせることが目的です。

禁句「そんなでは幼稚園へ行けませんよ」

「そら、また、そんなわがままを言う。そんな子は幼稚園へいけませんよ。」「どうして、そう食べないんでしょうねぇ。ごはんをちゃんと食べない子は幼稚園 の先生が、そんな子はきてはいけません、と言うわよ。」「ミヨちゃんが、ほら、かしてって言ってるじゃない。かしてあげなさい。あなたお兄ちゃんでしょ う。幼稚園へ行くようなお兄ちゃんがそれではダメじゃない。」よくあることです。ことごとに、幼稚園が引き合いにだされ、そんなでは行けませんよ、と言わ れては、幼稚園に親しみをもつどころではありません。努力して、わざわざ、お子さんを園嫌いにしたてているようなものです。新入園児がきたら、どのように して、まず、園になじませようかと頭を使う先生方がお気の毒でもあります。

わが子の長所・短所を冷静に見つめておくこと

入園後、先生が、アツシ君のお母さんにある日、こう言いました。「アツシ君は、なかなかやりますね。毎日、だれかしらをたたいて泣かせます。」アツシ君の お母さんは、見る間に顔色をかえて、こう言いました。「うちの子が、乱暴だとおっしゃるのですか。あの子は、そんな子ではありません。ほかのお子さんが きっと、しかけるんですわ。
先生は、アツシ君のお母さんの剣幕にびっくりして、アツシ君について語り合おうという気持ちをくじかれてしまいました。これでは、困ります。先生と話し合 うことの意味は、とても大きいものがあります。我が子かわいさが余って、我が子を見る目が曇っていては、この恵を十分に受けることができません。

わが子を信頼すること

入園の日が近づくにつれて、エツロウ君のお母さんは、そわそわしだしました。「どうかしら、うちの子は大勢の子どもの中に入っていけるかしら。」「行きた くないなんて言い出さないかしら。」「先生に慣れるかしら・・・」心配になるのは親の情として当然かもしれません。ですがそれは過ぎると、エツロウ君自身 に、お母さんの心のゆれが伝わって、エツロウ君自身がだんだん不安になっていきます。わが子を信頼すること。このひとことがだいじです。
これあってこそ、あなたのお子さんの心も顔も明るくありつづけます。意欲的、行動的であるつづけます。小さな障害に突き当たってもへこたれません。胸をはって毎日元気に通園するようになるでしょう。

心配のし過ぎ、心配の先取りは無益で有害です。

 前項で心配せずにわが子を信頼することと記しました。子供のことだけでなく、やはりいろいろ心配になるものです。「着るものはどうするのかしら。」「通 園のときの送り迎えはどうするのかしら。」「遠足の時は、やっぱりつきそうで行くのかしら。リュックなんかも買っとかなきゃいけないかな。」あれもこれ も、こまごまと気になります。
先生方は、こんな問い合わせにてんてこ舞いになりがちです。問い合わせるほうは自分だけですが、先生のほうでは園児の数だけのお母さんと付き合わなければなりません。直接に、そして電話で・・・。
先々のことまで心配なさらぬこと。また、必要な連絡は先生のほうからしてくれます。心配のし過ぎは結局損です。

自分の名前を呼ばれたら、返事ができるように

 自分の名前を呼ばれたら返事ができる、ということ。なんでもないことのようですが、大勢の子供の中ににて、自分の名前が呼ばれるということは実に新しい経験なのです。
マユミちゃんの家では、こんな遊びをしています。お母さんが呼びます。「アズママサオさん」「ハイ」とお父さんが返事をします。「アズマケイスケさん」 「ハイ」お兄ちゃんも協力的です。「アズママユミさん」・・・くすぐったそうな顔をしてマユミちゃんが返事をします、次にお父さんが呼び役。そしてその 次・・・と、呼び役を交替します。お父さん、お母さんにも名前があることがマユミちゃんにはオドロキです。そしてだれにも同じ姓があることに気付きます。 いつのまにか自分の名前というものをしっかり心にしまっています。

文字の勉強は不要。自分の名前が見分けられれば十分

 文字やら数やらのお勉強は頭からはずしておいてください。ただし、自分の名前が見分けられるようにしておかれることはおすすめします。園では、色マーク など、いろいろ工夫して、靴をおいたり、帽子をかけたり、その他、ものを置いたりするところに目印をつけますが、同時に名前もそこに書き込むことになるで しょう。自分の名前だけは見分けられたほうが、何かと都合がよいものです。
この場合、家族の名前を別々の紙の短冊に記して、そこから自分のものをひろわせたりして、カルタ遊びの楽しさでやってみると効果があります。
名前のことは、クラスの中で名前の子がいる場合などもでてきますし、けっこうたいせつなことですので、おりおり楽しく繰り返して反応を早めておくとよいものです。

直接的効果を求めないこと

「文字が読めたり書けたりできるようにしてほしい」・・・たとえば、こういった直接的効果を親が期待することは、園としては、はなはだつらいし、やりにくいことになるのです。

 小学校でするお勉強を少しやさしくしたお勉強をするところでもなく、小学校教育のための準備教育をするところでもないのです。
人間の幼児期に持つことの望ましい生活や経験を、計画的に、そして、より豊かに持たせてくれるのが園生活なのです。

○○ ができる・・・という直接的効果をまずならべて教育があるのではなく、その前に、ものごとに向ける興味関心、親しむ心、愛する心、創り出そう、工夫しよう とする心等など、さまざまなおおもととなる心や態度を育てようとすることが基本です。そのためにどうするか、先生方はこまごま計画をたて、瞬間瞬間を全身 全霊をかけているのです。
教育の方法については、園と先生を信頼することです。

ページのトップへ